2006年04月03日

中華式情報統制

怖い中国のメディア統制
【一筆多論】
産経新聞2005年4月18日

矢島誠司 


 何年か前、北京で日本と中国の記者たちが自由に意見交換する討論会が開かれ、筆者も日本側記者団の一員として参加した。
 しかし、討論会の内容は驚くべきものだった。日本側(約十人)はさまざまな立場からバラバラの意見を述べたが、中国側の記者たちは、全員が同じような公式見解を展開したのである。 憂鬱(ゆううつ)になり、むなしさでいっぱいになった。この人たちは、われわれが考える記者とは違う人たちなのではないかと思わざるを得なかった。休み時間に個人的に話すと、面白い人もいて、少しは本音も聞けたが、公式の場での議論はほとんど無意味なのではないかと感じたものだった。

 最近、『中国の嘘(うそ)−恐るべきメディア・コントロールの実態』(何清漣(かせいれん)著、中川友訳、扶桑社)という本を読み、北京の討論会で感じた違和感が根拠のないものではないことを改めて知った。

 著者の何女史は中国で学者、ジャーナリストとして働いた後、当局の圧力を逃れて米国に脱出し、プリンストン大学で中国の政治経済を研究する学者である。

 本紙でも、中国のメディア管理、言論統制ぶりは、しばしば報じてきたが、同書が自らの体験や膨大な事例に基づいて体系的に暴いた中国の「メディア・コントロールの実態」は衝撃的だった。

 中国共産党は国内のメディアを「党の喉(のど)と舌」(代弁者)と位置づける。中国のメディアは、予想通りではあるが、「中共政府が完全に掌握し、コントロールしているプロパガンダ・マシーン(宣伝機関)」であるという。

 中国のメディアは重要問題に関しては独自のニュース報道、論説を流すことは厳禁され、すべては中国共産党機関紙の「人民日報」の記事か、国営の新華社通信が配信する「通稿」(通用原稿)と呼ばれる党、政府からの「お達し」原稿をそのまま使う。

 違反すれば、たちまち当局から弾圧されるから、中国のメディアは「自律」(自主規制)が常態化し、外国書物の翻訳でも中国当局に都合の悪い部分があれば、出版社が、当局から責任追及される前に、「自律」的にカットしたり改竄(かいざん)したりすることが日常化しているという。

 自分たちに都合の悪いニュースは徹底的に隠し、都合のよい話だけ誇張して伝える。そうすることによって共産党政権の正当性を維持し、人民を意のままにコントロールするという図式だ。

 今回の反日デモでも、こうした中国当局によるメディア統制が完璧(かんぺき)に実施されたようだ。

 一連の反日デモは、二日の四川省成都での日本の国連安保理常任理事国入り反対デモから始まり、深セン、北京、広州などへと拡大し、日本だけでなく世界中で連日大きく報道されたが、中国のメディアが国内向けに報じたのはやっと十三日になってからだった。

 それも、新華社の記事を使い、温家宝首相がインド訪問中に、「(反日デモは)アジア人民の強い反応であり、日本政府も深く反省するはずだ」と発言した事実を報道する形でだった。日本側の抗議、謝罪要求、世界の反応などは一切報じなかった。

 インターネットの情報に対しても、厳重なサイバー・ポリス(警察)体制を築き、監視、管理を万全にしているという。胡錦濤体制になって一時、メディア統制を緩和するとの期待も出たが、実態は逆だ、と何氏は訴えている。

 われわれはこうした中国を相手にしているのだ、ということを忘れてはなるまい。「嘘」に基づく中国認識ほど危険なものはないからである。


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天網恢々疎にして漏らさず
「天網」とは、天が世の理非を正すために張った網のこと。「恢恢」とは、広く、ゆったりとしているさま。「天網恢恢疎而不漏」(老子)とは、天網の目は粗いが決して悪人を逃しはしない、という意味である。

日本人は中国が強力な情報統制を行なっている事をメディアを通して知っているが、面白い事に中国人たちは中国にはかなり言論の自由が有ると錯覚しているんだよね。この中国側の記者も自分たちは自由に記事を書いていると思いながら、政府見解を繰り返しているんだと思うよ。

実は非常に新聞が好きで、中国には全国紙から地方紙まで実に多種多様の新聞がある。そしてその紙面には中国語特有の豊かな表現力で様々な論説が書かれており、一見多種多様な意見が有るように”見える”。

実はこれらは共産党がこの程度は扱って良いよと、天網からもらしたネタを様々に膨らませて一見自由な表現が有るように見せているだけなんだけど。
中国には古来より科挙試験というものがあり、詩や古典を暗記したり解釈したりする事が学問そのものだったからこの豊かな表現によって話を膨らますと言う事に関しては得意中の得意なんだ。だから中国人自身も錯覚するほど多様な表現に見えるようだ。
そして不注意にも天網に引っかかるネタを書いてしまった記者や雑誌には拘束や廃刊と言う運命が待っている。


中国ほど極端ではないが、実は台湾にも同じような状態に有るようだ。
台湾はケーブルテレビが発達していてニュース専門チャンネルが7台もあって国民党勢と民進党勢に分れて毎日罵り合っているんだけど、よく見るとどうでもいいような内容と大きな内容を味噌も糞も一緒にして中国的な豊かな表現で話を膨らませながら罵り合っているんだ。
だからこれを見ている一般の人は話の重点はどこなんだか非常に捉えにくい。

日本のテレビニュースが扱うと20分程度のビデオで分りやすく説明できる程度の事柄を台湾のニュースでは話の論点を無制限に広げるため毎日2時間の討論番組を2週間見ても重点がよく分からない。そして最後にはウヤムヤになって次の話題に移っていく。

台湾のメディアはほとんど各政党のコントロール化にあるため対立政党に不利な情報をつかんだら理論整然、分り易く国民に説明すれば相手に大きなダメージを与えられるのだけど何故それをしないのか。何故わざわざこんなわかりにくい作り方をするのか。

いぜんはこれはメディアの番組製作者が未熟なためだと思ってなぜ民主化されて10年以上も経つのに一行に改善されないのか不思議に思っていたが、これを変形の中華式情報統制だと解釈すると実に面白い説明になる。

大きなニュースも小さなニュースもごちゃ混ぜに扱って、重点を分りにくくして天網に引っかかるようなネタが万一明るみに出てもうまくぼやかす為にやっているのかもしれないね。。

実際、大きな事件は絶え間なく暴露されるけどちゃんとした決着が着く前に次の話題に移ってしまって納得の行く解明がなされた事はほとんど無いんだよな。

posted by ぴょん太 at 16:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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