2006年02月27日

228事件の元凶は蒋介石、59年かけてやっと認定

最大の責任者は蒋介石 台湾、2・28事件で研究書

 【台北27日共同】1947年2月に国民党軍が台湾住民を武力弾圧した2・28事件から59年に当たって「事件の最大の責任者は蒋介石」と結論付けた研究書がこのほど台湾で出版された。
 総統府国史館(国史研究所)の張炎憲館長が中心になってまとめ、国民党政権下でタブーとされた「蒋介石責任論」が民主進歩党(民進党)政権下で初めて認定された。
 事件は、大陸から渡ってきた国民党政権の圧政や腐敗に対する不満から抗議行動を起こした本省人(台湾出身者)が武力弾圧され、推計1万8000−2万8000人が殺害、処刑された。
(共同通信)

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これを見て、おやっ?と思った人も多いと思う。
何でいまさらこんな事を認定しているのか不思議でしょう。
実は台湾では蒋介石、蒋経国の白色テロル時代は228事件を研究する事はタブーとされていて、下手な事を発表するとある日突然に秘密警察にさらわれて秘密裏に裁判されて監獄送りになったりした。

民主化後はいきなりメディアが自由になったけれど政治とメディアは加害者である外省人・国民党が牛耳っていたから、これについて研究発表すると「外省人差別だ!台湾社会の分裂を謀っている!」とテレビや新聞から袋叩きにあった。

結局被害者側もセカンドレイプが怖くて黙っているか、当たり障りの無い事を言うか、何かを個人的に発表してもメディアが大きく取り上げなかったりした。

だからこの事件に関しては総合的に研究した人は少なくて、みんな実態を噂話程度にしか知らないんだ。

国民党はその事件を「光復時の不幸な事件で本省人も外省人も被害にあった。悪いのは責任者の陳儀一人だ。彼は処刑された。」と責任を曖昧にしたまま、これを取り上げる事は外省人差別に繋がると薄ら博愛主義的な理由で研究者を逆に脅迫している。またこれらを自前のメディアで国民に刷り込んでいる。

注:事件の発端になった暴動で外省人は不満の溜まった台湾人に袋叩きにされたが国民党は軍隊を中国から送り込んで無差別大量殺戮をしたのでこれを並べるのはおかしいし、陳儀は事件後昇進した後に別件で処刑された。彼の上司で直接指令を出した蒋介石は台北市の中心に中正記念堂という立派な記念施設と大きな銅像が建てられたままになっているし、外省人の家や事務所にはよく蒋介石の肖像が掲げられてたりする。

民主化後のいまの外省人の支配はちょっと日本人には分りにくい状況だとおもうが、
日本に例えると、、、
日本に1200万人の在日が住んでいる。国会議員の半分以上を占める政党が在日政党。大手メディアの8割は朝日新聞系列でしかも在日政党の幹部が直接経営している。
それで毎日毎日メディアを動員して「差別ニダー」「大統領は戦争を呼び込んでいるニダー」
「無能政府ー」「中国マンセー」と言っている様な状態。。。。


深刻さが分るでしょ?
posted by ぴょん太 at 15:51| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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No.581-2 2・28事件
Excerpt: (台湾台北市・2・28紀念館には2・28事件虐殺犠牲者の写真が壁面に掲示されている) 228事件は、日本が降伏、台湾が光復して一年4ヶ月後の1947年2月28日に起った事件だ。今年は事件から59年目..
Weblog: 千点写行
Tracked: 2006-03-05 19:49
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